なすびどうも、なすびと申します。
僕は院卒で自動車メーカーに就職し、副業で大家さんをしているアラサーです。
現在は(というか数年前から)ちょうどいい田舎に住みつつ、非常に満足度の高い生活をしています。
僕が幸福に生活できている主な要因としては、
- 良好な人間関係(家族を含む)
- 仕事のストレスが少ない
- 給料がそこそこ高い
- 生活コストが低い
- 通勤が楽(車で片道25分、渋滞もなし)
といった感じ。
今の僕の生活スタイルを自分で振り返ってみると、これまでの人生の中でもダントツに幸福度が高いです。
また、僕は今まで海外も含めて8回くらい引越ししてきましたが、今住んでいるエリアが一番快適。
幸福度や生活満足度というものはシンプルにお金を支払えば得られる場合が多いですが、無限にコストを支払えるわけではないですし、人間関係など、お金では買えない幸福もあります。
そんなわけで今回は、人生の幸福度や生活満足度を上げるために必要なものや、重要な考え方についてまとめました。
日々の生活の中で小さなストレスを積み重ねていたり、イマイチ幸せを実感できないな、という方はぜひ参考にしてみてください。
幸せな人生には良好な人間関係が必要、とは言うものの


僕はここ最近のブログで、「幸せな人生には良好な人間関係とコミュニティが必要だ」と繰り返し書いてきました。
それは絶対にその通りだと確信してはいるんですが、それを差し置いてもコミュニティを継続させるのって激ムズじゃないですかね?


コミュニティを継続させるのってムズくね?
僕もアラサーになって色々と世の中のことが見えてきて、大人になってからの人間関係の大切さを知ると同時に、それを構築することの難しさを実感しています。
学生の頃の友人たちはみんな大人になって、人生のステージが進んでいくにつれて忙しくなっていくし、それぞれの優先順位も変わってくる。
たとえ特定のコミュニティがあって最初は誰かひとりが幹事をやってくれていたとしても、その人がよほど幹事をやるのが好きか、何かしらのインセンティブがなければ永遠には続きません。



やっぱりコミュニティを維持、継続させるのってめちゃくちゃ難しいんですよ。
今年も大学時代の友人たちと集まりました
僕は今31歳、もう大学を卒業してから9年目、大学院を卒業してから7年目になります。
当時から一緒に旅行に行ったり定期的に集まって飲んだりしている男10人のグループがあるんですが、それが今でも続いてるんですよね。
メンバーによっては東京にいたり九州に(飛ばされて)いたり海外に出向したりしているので大学時代ほど気軽には集まれませんが、それでも「お盆は名古屋で飲みましょう」とメンバーを募れば大体3、4人は集まりますし、「名古屋の昼飲みなら日帰りできる」と東京から顔を出してくれるメンバーも。
やっぱりアクセスの観点からみると名古屋はめっちゃ便利ですわ、日本の真ん中ですし。
それを踏まえても10人のコミュニティが誰ひとり欠けることなく、10年近くも続いているのは中々すごいことだと思っています。




コミュニティが継続する条件
そんなわけで今年のお盆も名古屋で集まって4人で飲んだんですが、その中でメンバーの内ひとりが「もう定期的に集まるコミュニティはここだけになっちゃった」とぽつり。
スマホやSNSが普及して簡単に連絡を取り合えるようになったこの時代ですら、やはりコミュニティを継続させるのは難しい、改めてそう感じました。
そんな中でも僕たち10人のコミュニティが続いてきたのにはきっと理由があると思うんです。
それを客観的にみて並べると以下のような条件が出てきます。
- 幹事は交代制
- 招集をかけるタイミングが決まっている
- 同じような属性、同じような人生ステージにいる
- 各メンバーの拠点が近い、またはアクセスが容易
こんなところでしょうか。
僕たちは年に3回「GW、お盆、年末年始」のタイミングで招集をかけるようにしていて、集まる度にLINEのあみだくじ機能で次の幹事を選出しています。
それでメンバーの多くが東海圏に住んでいて、10人中10人が所帯持ち、かつ仕事は順調、年収もそこそこ。



我ながら思いますが、今時こんなコミュニティってあんまり無いのかなと。
この人間関係ってお金をいくら払っても手に入るものではなくて、めちゃくちゃ恵まれてると思うんですよね。
ただしこの幸せもいつまで続くか、実際のところは分かりません。
なので今後も気を抜かず、引き続き家庭も仕事も人間関係も、バランスを見ながら大切にしていこうと思います。
歪みを見つけて活かすのが資本主義ゲームの勝ち方


ここまでは僕の実際の人間関係を参考に、コミュニティ継続の難しさやその条件について要素を洗い出してきました。
ここからはもう少しメタ的に考えて、資本主義ゲームの観点からこの状況を説明していきます。
そもそも資本主義ゲームで勝つためには、「歪み」を見つけてそれを活かし、資本形成に繋げていかねばなりません。
大企業勤務×地方在住という歪み
僕は今、大企業に勤めながら地方に住んでいます。
たぶん年収で見ると東京のそこそこの勤め人くらいは貰っているはずで、その収入がありながら地方水準の経済圏で生活している。
これがまさに”歪み”だと感じています。
ただ、ひとことで「地方」といっても僕が住んでいるのは「都市機能はあるが地価だけ安い準郊外」くらいのエリアで、一般的な東京都民が考えるような「地方移住」の文脈に出てくる僻地とは別物です。
徒歩数分圏内にコンビニもあれば薬局もあるし、程よく空いたイオンも車で5分くらいあります。



まあ大前提として、当たり前のように車社会ではあるんですけどね。笑
とはいえ日本全国を見ても車社会のエリアの方が圧倒的に広いので、むしろこっちの方が普通です。
「地方=物価が安い」というわけではない
普通に生活していると、「地方は物価が安い」という表現を目にしたことがある人は多いはず。
でもその表現って、半分正解で半分間違いだと思うんですよね。
実際には、スーパーで買う食料品や日用品の価格差は意外と小さい→しかし生活満足度あたりのコストは地方の方が低い、という現象が起きています。
これを分解すると、主な要因は「土地コスト」と「混雑コスト」だと説明できます。
本当に差が大きいのは土地を消費するもの
まず前提として、
- 食料品
- 家電
- 衣類
- 通販商品
- ガソリン
などは全国流通網の効率化によって価格差がかなり縮小しています。
なので仮に一人当たりの年間支出をざっくり、
- 食費80万円
- 日用品20万円
- 衣料20万円
とすると、仮に地方が5%安くても差額は6万円程度しかありません。



これだと生活コストの差を説明する根拠としては弱いです。
一方で、土地を消費するものは価格差が非常に大きい。
例えば、
- 家賃
- 住宅価格(東京では狭小戸建てが1億越え!)
- 駐車場
- 店舗面積
- 倉庫
- オフィス
など。
地方と東京都心では坪単価が1桁、2桁違う事なんてザラにあります。
すると支払額が同じくらいでも、
- 東京:60㎡の2LDKマンション+駐車場なし
- 地方:120㎡の4LDK戸建て+駐車場2台
ということが普通に起こります。
つまり、東京と地方とでは同じ金額で利用可能な空間量が大きく異なるわけですね。
これが生活の質に直接効いてきます。
サービス価格も土地コストの影響を受ける
僕が今回のブログで指摘したい、「同じ品質のサービスでも東京は高い」というのも本質的には土地コストです。
例えば美容院。
客としてはただ普通に髪の毛をカットしてもらうだけでも、料金は
- 人件費
- テナント料
で決まります。
技術レベルが同程度でも、
- 銀座
- 新宿
- 渋谷
といった地価が高いエリアで営業するだけで固定費が増え、それがサービス料金に転嫁されるわけですね。
その構造としては飲食店も同じ。
材料費の差ではなく、
- 家賃
- 人件費
の差で価格が変わります。
だからスーパーで買える食材の価格は大差ないのに、外食をするとコストが嵩む。
つまり「モノの価格は同じだがサービスの価格は違う」という現象が起きます。
これが東京と地方の「土地コスト」の差が生活に与える影響ですね。
混雑コストという見落とされがちな要素
ここまで丁寧に説明してきた「土地コスト」の差というのもかなり大きいんですが、ずっと田舎で暮らしてきた僕からすると、むしろこの「混雑コスト」の方が大きいように思えます。
というのも、東京では日常的に、
- 通勤ラッシュ
- 行列
- 予約待ち
- 駐車場待ち
- 渋滞
などが発生します。
これらの“待ち”にはお金ではなく時間を支払っている。



これが「混雑コスト」です。
例えば、
- 東京:人気店に入るのに1時間待ち
- 桑名:東京とほぼ同じクオリティでも5分待ち
たとえ価格が同じだとしても実際の”コスト”は違います。
仮に時間価値を時給2000円と考えれば、55分で1800円の損失が出ている計算になるわけですから。
このように、時間に対して発生するコストは意外と見落とされがちなので注意しなければなりません。
広告接触回数と支出コスト
また東京では地方に比べて、
- 駅広告
- デジタルサイネージ
- ポップアップイベント
- 百貨店
- 高級商業施設
などへの接触回数が非常に多いです。
人間の消費行動というのは、「接触回数→欲求形成→支出」という流れで発生するため、広告との接触回数が増える東京では、単純に消費を誘発される機会が増えます。
地方で生活している人が「存在すら知らない商品」を東京の人は毎日見ている可能性があるわけですね。
しかも大抵の場合、それらの商品は人間が生きていくのに全く必要がない。
このように、広告との接触回数によっても生活満足度は左右されるわけです。



やっぱり僕は地方の車社会でゆるりと暮らすのが好き。
そんなわけで、ここまで東京と地方における「土地コスト」と「混雑コスト」(+広告接触回数)の説明を長々としてきましたが、それらの歪みによって地方での生活満足度は東京に比べて高く感じられる、というのがここでの結論です。
まとめ:居住エリアの強みを活かして有利に立ち回る
僕が住んでいる地域の特徴を簡単に挙げていくと、
- 名古屋経済圏
- 土地は比較的安い
- 高速ICが複数
- 鉄道アクセスが良好
- 都市機能は十分
こんな感じ。
なおかつ僕の生活スタイルとしては、月に数回名古屋にアクセスしたり、2ヶ月に1~2回くらいの頻度で東京・大阪・博多などへの新幹線移動がある、名古屋を「利用」するが「依存」していない状態です。
これらの特徴をまとめると、「大都市の集積利益を享受しつつ、大都市の土地コストは負担していない」という強みが見えてきます。
簡単に言えば、「都市の利便性」と「低地価」の両取りですな。



だから僕は体感として「東京よりコスパがいい」と感じやすく、生活満足度も非常に高い。
地方での生活コストが安く感じる要因は、実際には単純な物価差ではなく、(金銭コストと時間コストを含めた)総支出によって得られる生活満足度が高いから、というわけですね。
主な項目としては、
- 家賃・住宅費の圧倒的な差
- 土地を使うサービス価格の差
- 混雑コストの差
- 広告接触回数による消費誘発の差
- 同じ支出で使える空間が広い
といった感じ。
さらに、地価が安いのでちょっと車を走らせれば割と簡単にいい感じのボロ戸建てが見つかる、というのも不動産賃貸業的にはGoodポイントですね。



ボロ戸建て投資家にとってもありがたい環境です。
今回の僕は全面的に地方を褒めちぎってきましたが、もちろん東京には東京ならではの強みや歪み、それに応じた戦い方が必ずあるとは感じています。
それらを活かして有利に立ち回る方法もあるはずなので、まずはそんな考え方をするのが重要かと。
居住エリアを変えるのはそんなに簡単な事ではないので、まずは今あなたが住んでいる場所で、歪みがないか探してみてはいかがでしょうか。
そんなわけで今回は以上です。それではまた!








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